200736

東京地方裁判所

1回口頭弁論

 

陳 述 書

 

吉澤文寿

 

 私、吉澤文寿は1969年群馬県に生まれ、群馬県立高崎高等学校を卒業した後、東京学芸大学、同大学大学院教育学研究科修士課程、一橋大学大学院社会学研究科博士課程を修了し、20064月より新潟国際情報大学情報文化学部情報文化学科助教授として勤務しております。私は1992年の修士課程在学時より日韓国交正常化交渉(日韓会談)について研究を進めてきました。以下、日韓会談研究者の立場から今回の外務省による開示決定の不当性及び日本におけるすべての日韓会談関連公文書(以下、「日韓会談文書」とする)が公開される必要性について述べさせていただきます。

 日韓会談は予備会談を含めると1951年から1965年まで行なわれました。この14年間という長期間の交渉を通じて、国交正常化問題のみならず、日韓間の諸懸案についても議論されました。その主な議題は基本関係、財産請求権(文化財・船舶)、「在日韓国人」の法的地位、漁業(「平和線」)などでした。なお、今回の裁判ではアジア・太平洋戦争時に朝鮮から強制連行された方々とそのご遺族及び彼らの支援者が原告として、または原告を支える人々として参加しています。強制連行に対する補償に関連するのは財産請求権問題です。

 私は日韓会談について10年以上研究してきました。この研究で主に利用した日韓会談文書は韓国で様々なかたちで流出したものです。日本政府が作成したこの類の文書は全く見ることができませんでした。つまり、今までの日韓会談研究はきわめて限られた状況で進められてきたのであり、今後の資料公開の進展により、今までの研究成果が再検討される可能性が充分にあります。20051月及び8月に韓国政府の外交通商部が保管する日韓会談文書がようやく全面公開されました。この36千頁に及ぶ文書の検討を通じて、日韓会談に対するより自由かつ活発な研究が可能となりました。

 二者以上の担当者によって行われる外交交渉という性格上、双方がそれぞれ交渉についての記録を残しております。したがって、交渉担当者すべての記録を対照することによって、何が討議され、何が決められたのかが明らかになります。しかし、今回に限って指摘すべきことは、争点になっている第4次会談本会談会議録は日韓双方が議事録の内容を確認した上で作成されたものだということです。外務省が不開示にした部分は、韓国ですでに公開されています。同様の内容がすでに公開されているにもかかわらず、開示を拒否する外務省の頑なな姿勢は情報公開法の精神に著しく反するものといわざるを得ません。

 また、今回の外務省の対応は私たちの情報開示請求に対し、あまりにも不誠実なものでした。外務省は2006624日までに一部開示通知をするという約束を破り、わが会による再三の回答要求を受けて、同年817日、交渉の進行方法などが議論された第4次会談本会談会議録のみを開示対象とすると通知したのです。しかも、回答は会議録の内容をほとんど不開示とするものでした。私は情報開示請求者を愚弄する、このような外務省の対応に強く抗議します。

日韓会談から40年以上経過し、日韓両国が「友好」関係にある今日において、日韓会談文書が全く公開されていないという状況は、異常というより他ありません。私は研究者として、また日本国民の一人として、日韓会談文書を知る権利を持っていますし、日韓会談の真実を明らかにする義務を持っております。なぜ、「日韓協定で解決済み」という判決によって、法廷で強制連行の被害者が涙を流さねばならないのか。なぜ、日本政府は韓国政府に対日請求権を放棄させた上で、経済協力によって韓国の朴正煕政権を助けたのか。日韓両国民はこれらについての納得できる理由を知る権利があります。

外務省が私の権利を侵害するのであれば、「公にすることにより、交渉上不利益を被るおそれがある」とする、その正当な理由を明らかにすべきです。そして、その正当性が立証できなければ、正々堂々と日韓会談文書の全面公開を実施すべきです。

日韓会談文書の実証的点検を通じて、日韓会談における問題点を明確にすることが、今後の日韓両国の「友好」関係の増進、ひいては日本と朝鮮民主主義人民共和国とのあるべき関係について広く議論するために必要不可欠です。日韓会談文書の公開こそ、日本と韓国・朝鮮の人々がお互いの関係を作り上げる作業に必ず寄与するものであると、最後に述べさせていただきます。

 以上で、私の陳述を終わります。